はつ恋
初恋は、年齢にもよるが、たいていは「ああ、今思えばあれが初恋だった」というふうに、当時その状態にあった時は自分で気付いていなかった場合が多いと思う。だから現在の解釈のしようで、「この人とのではなく、あの人とのが私の初恋だ」と恣意的に決めてしまうキライもあるのだが、なるべく平静に過去を振り返ってみると、小学生の二年か三年かの時の、あれが私の初恋だと言ってよいだろう。
当時の自分の年もアイマイなくらいだから、前後の状況もまったく不明である。ただ、学校のグラウンドがその場所だった。きっと運動会だか何だかのイベントの準備だったのだろう―いや、近所の秋祭りの用意だったのかもしれない―グラウンドの片すみ、石灰の粉や傷んだ野球ベースがしまいこまれた倉庫の前に、風船がたくさん積まれていた。まだふくらまされていない、平べったいやつである。それを手際よく、風船屋さんが次から次に、手に取っては空気を入れてふくらませていく。記憶は朧だが、ペダルを足で踏む空気入れを使っていたように思う。そう、私はその風船屋さんに、ひと目惚れした―らしい―のだ。
若い男性だったが、「お兄さん」という感じはしなかった。仕事場で仕事をしている、感じのいい職人さんといった印象だった。黒縁のメガネをかけていて、それがなぜか、ひどく私の心に訴えるものがあった。多分グラウンドを横切ってうちに帰ろうとしていた私だったが、作業中の風船屋さんという珍しい光景と、風船屋さんへのゆえもない憧れとで、思わず足を止めて見入っていた。・・・が、ここが子どものバカらしいところで、何分か眺めた後、サッサと帰ってしまったのである。帰る時、風船屋さんがひとつ風船をくれたような気もするが、定かではない。
こんなにアッサリしたものは、神聖な「初恋の思い出」には値しないかもしれない。しかし、あの時風船屋さんを見てハッと心に生じたそれまでにない激しい印象、動転したようなワケが分からないようなあわただしさ、磁石のように惹きつけられる魅力―これらは、たとえ5分程度とはいえ、まさしく恋といってよいものだと自分では考えている。
いま現在のパートナーと出会った時は、あいにく、この時の十分の一ほども印象に残っていないし・・・。
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