ここで泣こうと思っても・・・
感動的結末の小説を読んで、思わず涙することがあるのだが、それがなぜかもう何度も読んだことのある本なのである。一回目や二回目に読んだ時は、まったく涙など出はしなかった。が、感動の新鮮さからすれば、最初の方が強かったはずだ。にもかかわらず、とっくにわかり切った展開・結末で泣き出すというのは変な話のようである。
私は泣いたことはないのだが、きっと卒業式や受験に合格した時に泣き出す気持ちは、これに似ているのではないか。感動的だろう、感動的に違いない、とこみあげる期待感のようなものがすでに心中にあって、それが最高に高まった時、何かの拍子で、たとえば後輩から花束を渡されたり友人から「おめでとう!」と言ってもらったりして心の平衡が崩れた時、ワッと涙が出てくるのに違いない。―もし合格発表が、試験終了のすぐ1分後にあったりしたら、感極まってその場に泣き崩れる人などいるだろうか。
泣くのにはこのように、いわば自分で自分を泣くことに追い込むための時間と情況が必要なのだと思うが、時々、自分の追い込み方が性急過ぎるのか、妙なタイミングで涙が出てきて残念なことがある。たとえば、あと3ページで感動的な結末だ、と涙の予感にドキドキしていると、もうそこで早くも涙がポロポロ出てきたりすることがある。読んでいる方としては、感動と涙とを―何度も読んでいる本だからこそ―見事に一致させて味わいたいわけで、こんなことがあると何だか貯めていた貯金を他人に勝手に下ろされたような気持ちで面白くない。
逆にうまく一致させることができると、我ながらひとしお感動できたようで、うれしくなり、しみじみとして深い満足感がある―って、あれ?涙って、たしか悲しい時のものだったような・・・?
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