喧嘩するまで仲良かったのに(子供の悲哀)
いくつの頃だったか、まだ小学校に入学するかしないかの年だった時のことだと思う。
当時我が家は県営の集合住宅のすぐ近くにあったので、友達や知り合いはほとんどが県営住宅に住んでいる人たちだった。
子供の頃の私は、今とまったく違って、何ともかともバカ正直な子供だった。母親に「こうしちゃいけません」と言われたことは、どんなに軽い意味で言われたことでも、不惜身命に遵奉し、一語たりともあえてユルガセにしなかったのである。
ごく幼い子供というものは、同年代の子供はもちろん、自分の両親と同じかそれ以上に年をとったおじいさんやおばあさんともすぐ心安くなるものだ。前後のいきさつは忘れたが、県営住宅のひとつに一人暮らしらしいおばさんが住んでいて、どうも子供の私はそのおばさんにたいそうかわいがられ、お菓子だのオモチャだの何かと物をもらっていたらしい。私の母は当時昼間は働いていて、そのおばさんとほとんど面識もなかったし、お世話になっているお礼を言いに行く暇もなかったのだろう、ある時子供の私に向かって「もうおばさんから物をもらっちゃいけません」と言った。母としては、私から欲しそうにしたり言葉に出してねだったりするなという意味だったのかもしれないが、私はそれを真っ向正直に受け取って、二度とおばさんから物をもらってはならないのだと肝に銘じてしまったのである。
それから数日後、おばさんの住宅の前を通ると、ちょうど庭仕事をしていたおばさんが私を呼び止めて、お花を切ってあげようと言ってくれた。今から思えばタカが2,3本の花である。もらってももらわなくても違いもないようなものだったが、私はすかさずキッパリと答えた。
「いいです」
思いもよらない確信的な拒否にあって、おばさんはさぞ目をパチクリさせたことだろう。
「このお花ちょっとだけやし、遠慮せんでもいいんよ?」
「いいです」
いいならいいで申し訳なさそうにソソクサとその場を去ればよいのだが、子供にそんな知恵は働かないし、第一本心ではお花が欲しかったのだから、足をピタッと止めたなりその場を動かなかったのである。
「お花ほしいないの?」
「いいです」
「・・・ほんまにいらへんの?!」
「お母さんがもろたらいかんって言ったから、いいです」
―これを聞いて、おばさんの形相が見る見る変わった。
「もらえへんのやったら、ほなもうええわ!」
初めておばさんが―両親以外の大人が―カンカンに怒ったのを見てギョッとした私をその場に残し、おばさんはクルリと背を向けると、荒々しい足取りで家の中に入って行ってしまった。
―おばさんが立腹したのは今思ってみれば無理ないし、母ももう少しマシな断り文句を、あるいは断らなければならない理由を、教えてくれていたらよかったのにと、思えば今なお恨めしい。それ以来、おばさんがどこかに引っ越すまでの相当長い間、私は―おばさんが怖くて―どこへ行くのもその家の前を避けてグルリと遠回りしなければならなかったのだから、なおさらだ。
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